今なぜパブリッシャーなのか
パブリッシャーの市場環境が悪化する中でどうやってキメラの事業を成長させるのか。2022年は、その課題とひたすら向き合い続けた一年間でした。独特な力学の中で動く新聞社や出版社などのパブリッシャーを、戦略、組織、マーケティング、プロダクト、データ、マネタイズ、集客などあらゆる側面から支えることで情報流通に価値を生み出し、事業として成長させていく。一般的にはインターネットの普及が進むにつれて衰退していると言われる市場。なぜ我々がそこをやるのか、という問いはさまざまな場面でいただいています。
結論はかんたん。これまでの文化を継承し、これからの文化をつくっていく上で情報流通はとても重要。市場環境が変わっても残していくべきものがそこにあるからです。そして活字が大好き、読むこと、知ること、学ぶこと、発見することが大好き。そして子どもたちにもこの楽しさを伝えたい。
一般的なスタートアップであれば成長領域を見つけてそこに新たな事業をつくり、理想的な成長戦略を描き、資金調達をして上場を目指す。それがスタートアップの当たり前として捉える人が少なくありません。そんな中では、指数関数的な成長カーブを描けないスタートアップは存在価値を否定され、鼻で笑われることも少なくはありません。
この10年で、中国、そして東南アジアから生まれたスタートアップの目覚ましい成長は、度々日本国内のスタートアップの市場と比較され、国内の状況を憂いグローバル化を謳う人たちは海外に視野を拡げ、多くの資金が海外に流れました。
では、そのスタートアップの成長をうみだすきっかけになったものはなんでしょうか?それは情報と金融の流通拡大が大きな要因となったと考えます。インターネットが拡大するにつれて、情報格差、資金格差があった地域にもアイデア、知恵が生まれ、そこに資金が集まった、そして成長途上といわれた市場に一気に火がついた。その成長の根幹となったのは紛れもなくインターネットの力による情報格差の解消と、そこから生まれた情報流通の拡大、資金流通の拡大です。インターネットによる距離と時間の圧倒的な短縮化がこの短い間に世界を大きく変えました。
一時期は中国でもインドネシアでも、どこかで見たことのあるプロダクトが多く見られました。でも今ではその市場環境に合わせて変化し、独自性の高いプロダクトに生まれ変わり、結果として世界の市場に受け入れられるものまで現れています。
そして情報流通の世界では、この10数年の間にこれまでのテレビ、ラジオ、新聞、雑誌などのマスをターゲトとした媒体に加えて、個人や小規模組織による情報発信の価値が社会的にも認められ始めています。そしてメディアとしての機能を十分に果たすものが多くうまれています。そして、そのメディアを支えるためのコンテンツプラットフォームも増え続けています。CMSだけでなくSNS、そして最近では音声、動画、メールマガジンの活用も注目されています。ここでは、クリエイターエコノミーやインフルエンサーという新たな市場が生まれています。
そして金融の面においては、米国のVCが積極的に東南アジアのスタートアップに資金を投入し、日本でも同じようにシンガポールやインドネシアをはじめとする東南アジアのスタートアップに目を向けるVCが増えました。事業会社も積極的に海外進出を進めています。そして、クラウドファンディングという新たな金融ツールが社会的にも認知され、個人単位での資金調達もより身近なものになり、これまでの金融の概念も大きく変わりつつあります。
こうしてあらゆる面におけるパワーバランスが変化していく中で、これまでマスと向き合うことを基本としてきたパブリッシャーはどこでどうやって戦っていくべきなのか?それを考え、その価値を見出していくための時が今まさにきていると考えます。
パブリッシャーとインターネット
新聞社も出版社も、紙面や書籍などを売る事業として長きにわたって大きな軸を確立してきたものの、そのプロダクトを作る方法や販売手法は、今どきのインターネットにおける事業の興し方とは違う部分が多々あります。そしてこれまでのパブリッシャーのビジネスモデルをインターネットの世界に持ち込み、その提供価値を持続していくためにはそれなりの変革が必要になります。
インターネットがパブリッシャーに対してどんな変化をもたらしたのか?それは、情報の流通のスピードを極限まで上げ、そしてこれまでほとんど可視化できていなかった情報に対する読者からのリアクション、情報に対する価値評価がデータとして返ってくるようになったことが大きな変化の一つと言えます。
どんなに市場環境が変わろうとも、パブリッシャーがこれまで作ってきた情報の質というのは、色褪せない価値を持ち、我々の社会生活においてなくてはならない存在です。人は情報によって新たな知識を得て、発見し、新しい知恵を生み出し、またそこに新たな価値をつくります。これは情報流通の仕組みがどんな形に変わっても、情報の本質としてはほぼ変わることのないものだと考えます。
パブリッシャーの中の人たちは、ここでいうパブリッシャーのもつ本来の提供価値を改めて発見することに苦戦します。形として生み出される情報のことだけではなく、その先にいる消費者に対して、誰のために、どんな課題解決をして、それがどんな価値につながるか。これはパブリッシャーに限らず多くの業界でも、その答えを見つけられている人は多くありません。そしてインターネットの世界においてその変化のスピードを捉え、自らの変化を促せるような仕組みを作れていないのはパブリッシャーに限られた話ではありません。
この価値を発見し、それを独自の強みや優位性として確立し、それをプロダクトに反映していくのか、それがこれからのパブリッシャーの事業にとって必要なものであり、これがパブリッシャーのマーケティングの根幹、事業の根幹にもなります。そしてその価値の提供を継続的に実現し、その力を最大化させる、ここで初めてインターネットをどう捉え、活用していくのかという問いにぶつかります。このプロセスを端折ってテクノロジーを使うことにフォーカスするパブリッシャーが目指す世界を実現し、なにかしらの価値を提供し続けるのはなかなかハードルが高いと考えます。
これからを見据えて
いつの間にかキメラでこの事業を始めてから5年目を迎えていました。この5年で成し遂げたことは、まだまだ目指す世界に比べるとほんの小さなものです。それでも、この限られた時間の中で我々はひたすらメディアの将来を考え、そして今メディアの現場にいる人々との対話を重ね、メディアへの想いを原動力にして事業に取り組めるチームを作ることができました。
改めて自分自身に、そして仕事で関わる全ての人に伝えたい。今手掛けている仕事、それは今日、明日でメディアの収益が何倍にも何十倍にもなることを目指しているわけではない。あくまでも僕らの子供たちが成長した未来に、子供たちがこれまでと変わりなく文字を読み、新たな知識を得て、新しい発見、新しい知恵と価値を生み続ける世界を作ることが僕らの仕事をする上での最高の価値だと。
2022年は市場環境からしても静かに動いていった一年だったと思います。そして2023年は我々にとっても新たな取り組みが動き出し、新しくプロジェクトをご一緒させていただくパートナーも増え、引き続き淡々とキメラとしての価値提供に集中する一年になりそうです。新たな一年も夢とロマンと血と汗と涙で生き抜く一年にします。